2016年01月28日

感謝

最近ではこのブログの楽譜情報をご覧になって
三木作品の注文をしてくださる方が増えました。
とても嬉しいことです。

没して4年になりますが、
半世紀に亘る膨大な作品群の整理は完全ではなく、
未だに途中を辿っておりますが、
演奏機会の多い作品や埋没している譜面を順次整理して、
新装丁を施したいと取り組んでおります。

お答えに時間の掛かる件もございますが、
楽譜などの質問はお気軽にお願いいたします。
mikiongakusha@gmail.com

また三木作品の演奏機会がある方や、
身近な方々の演奏会情報を教えてくだされば、
こちらからも是非ご案内や宣伝をさせて頂きたいと存じます。

これからも宜しくお願いいたします。


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2016年01月12日

<秋の曲> 新装丁

akinokyoku.jpg

1980年に委嘱作品として同年12月に初演された<秋の曲>
21絃筝と尺八の名曲として、またそれ以降たくさんの西洋楽器でも演奏され、
<Autamn Fantasy>のタイトルでも親しまれています。

21絃筝と尺八の<秋の曲>装丁を新たにいたしました。

五線で書かれたお箏用三段譜と五線の尺八パート譜が付属します。
一部3,000円にてお分けしております。
秋に関わらず、四季を通じて演奏して頂きたく存じます。

お問い合わせは下記にお願いいたします。
mikiongakusha@gmail.com
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2016年01月04日

平成28年新年のご挨拶

20160101okazari.jpg
平成28年
明けましておめでとうございます。

時代の移り変わりは激しく、
音楽に対する欲求の進化も早い現代社会ですが、
変わらぬ音と音楽の価値は三木音楽の中にもあります。

時代は巡り流行りも回ります。
文化芸術が時代の写し絵だとすれば、
携行される音楽も決して古くはならず、
時間の照射で鮮明に新鮮に響き輝くと思います。

楽譜など三木稔の作品に関するお問い合わせなどは
mikiongakusha @gmail.com
までお願い申し上げます。

今年も三木稔の音楽、三木音楽舎を宜しくお願い申し上げます。

三木音楽舎 代表
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2015年12月31日

大晦日

2015年が終わろうとしています。

本年4月より本格的に活動をしている三木音楽舎ですが、
三木稔の膨大な作品群の管理や紹介はまだまだ行き届かず、
要望に応えながら部屋の片付けや作品整理も始まったばかり。

2016年はもう少し活動的に、そして少しでも譜面を綺麗に装丁し直し届けたいと思います。
演奏の機会が増えていただければ幸いです。

洋楽、邦楽、器楽に声楽。
あらゆるジャンルがありますが、全てを網羅できるように参ります。
ご質問などはブログコメントでも構いませんが、
メール mikiongakusha @gmail.com ですと迅速に返信いたします。

皆様良い年をお迎えください。

三木音楽舎 代表
posted by ST at 22:13| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2015年12月21日

マズア氏の逝去

1981年11月12日<急の曲>世界初演.jpg

指揮者クルト・マズア氏が逝去されました。

ニュースで知りましたが、
80代後半ともなれば大指揮者の損失であっても
大往生という立派なことかもしれません。
私は三木にマズア氏の話によく聞きましたが、
晩年の読売日本交響楽団での委嘱新作を
マズア氏が降った時に鞄持ちでお供した際に、
挨拶をさせていただいただけです。
しかしながら、三木とマズア氏の関係は
少し書き留めておこうと思います。

日本音楽集団による海外公演の際に、
マズア氏が三木音楽と方楽器に非常興味を抱き、
それから間もなくしてゲバントハウスの
命名200周年記念作品として作品を委嘱されたのです。
私が詳細を書き留めるというより、
三木自身が書いているマズア氏との共演に関して
読んでいただいた方が良いので、
三木稔HPの引用を紹介しておきます。

三木稔のHPから「マズア氏指揮<急の曲>初演の話」
http://www.m-miki.com/jp/discography/04.html#Anchor-18550

最初の写真は1981年11月12日,
ゲヴァントハウス(ライプツィッヒ)に於ける<急の曲>初演の時のカーテンコールです。

そしてこの<急の曲>は何度も再演されながら、
下記の写真のように1994年10月に
ニューヨークに於いてアメリカ初演をいたしました。
1994年10月.jpg

さらに下の写真にあるように、
マズア氏の家を彼が訪問するような機会もあったほど
音楽的に非常に親交の深かった間でもあります。
1982年 クルトマズア氏宅にて.jpg

そして2000年11月に読売日本交響楽団で初演されたのは、
マズア氏の推薦から委嘱新作になった<大地の記憶>です。
このリハーサルからは私も勉強させていただきました。

マズア氏の奥様が日本人であるということも理由だったかもしれませんが、
三木とマズア氏は長年とても近い関係にありました。
オペラの世界ではマズア氏との接点が少なかったですが、
シンフォニーオケと邦楽による接点・・・というより、
東西の文化を融合する作業という点に於いて、
信頼すべき間柄であったということでしょう。

マズア氏の影響力はドイツ国内でも非常に強く、
私がベルリンに渡独している時にも、
壁崩壊に関しても彼は積極的に政治的な活動もして、
記念的な演奏会もたくさん企画をしていたのをよく覚えています。
多面での活躍も有名だったマズア氏を悼む声が
あちこちから聞こえてきますが、
こうして三木稔と関係深かった音楽関係者が
亡くなることがとても寂しい気がします。

合掌

三木音楽舎代表 榊原 徹
posted by ST at 00:45| Comment(0) | 三木関係の方々 | 更新情報をチェックする